藤原宇合の似顔絵

2016/11/02

藤原宇合のイラスト

藤原宇合 / 藤原馬養

ふじわらのうまかい(694-737)
奈良時代前期の公卿・歌人
藤原式家の祖

藤原不比等の三男。716年に遣唐副使に任命され、翌年に渡唐する。帰国後は常陸守として安房・上総・下総の按察使を兼務。この間に「常陸国風土記」の編纂に関わったとされる。724年、蝦夷で反乱が起きると、持節大将軍に任ぜられてこれを平定。また長屋王の変では兵を率いて王邸を包囲するなど、軍事面でも活躍する。のち参議・式部卿として西海道節度使となるが、天然痘の大流行によって急死。宇合の死をもって藤原四兄弟は全滅した。

昔こそ 難波田舎と 言はれけめ 今都引き 都びにけり

昔こそ「難波は田舎だ」と言われただろう。
しかし今は都が移って、すっかり都らしくなった。

「万葉集」
巻第三・第312番
知造難波宮事在任中の歌

関連人物

  • 藤原不比等(公卿):父。
  • 藤原武智麻呂(公卿):長兄。
  • 藤原房前(公卿):次兄。
  • 藤原麻呂(公卿):異母弟。
  • 藤原光明子聖武天皇の皇后):異母妹。
  • 藤原広嗣(貴族):長男。橘諸兄政権を批判し、大宰府で乱を起こした。
  • 藤原良継(貴族):次男。広嗣の乱に連座して流刑になったが、後に復帰。
  • 藤原百川(公卿):八男。政界工作に長じ、後の式家台頭の基礎を築いた。
  • 長屋王(皇族):政変で宇合の軍勢に自邸を包囲され、自害に追い込まれた。
  • 高橋虫麻呂(官人・歌人):宇合が西海道節度使に任命された時に歌を作った。

参考資料

  • 菊池容斎:「前賢故実」より

参考リンク

(2016/10/04 改作)

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