藤原良房の似顔絵

藤原良房のイラスト

藤原良房

ふじわらのよしふさ
(804-872)
平安時代前期の公卿・歌人

藤原冬嗣の次男。父同様に嵯峨上皇に信任され、その皇女を妻として要職を歴任。承和の変で恒貞親王を廃し、甥の道康親王(文徳天皇)の立太子に成功する。さらに清和天皇がわずか9歳で即位すると、太政大臣として、また幼帝の外祖父として実権を掌握。866年の応天門の変では、伴氏(大伴氏)や紀氏などの名族を失脚させ、自らは人臣最初の「摂政」となる。嫡子には恵まれなかったが、甥基経へ続く藤原北家の権勢基盤はより盤石となった。

年ふれば 齢は老いぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし

長い歲月を経てきたのだから、私の齢も老いてしまった。
しかし、花盛りの桜さえ見ていれば、思い悩む事はない。

「古今和歌集」
娘明子の栄華を詠んだ歌

関連人物

  • 嵯峨上皇(第52代天皇):岳父。
  • 文徳天皇(第55代天皇):甥で娘婿。
  • 清和天皇(第56代天皇):外孫。
  • 藤原冬嗣(公卿):父。
  • 源潔姫(嵯峨天皇の皇女):妻。臣籍降下後に結婚し、娘明子を生んだ。
  • 藤原順子(女官):実妹。仁明天皇の女御で文徳天皇の生母。
  • 藤原明子(女官):実娘。文徳天皇の女御で清和天皇の生母。
  • 藤原基経(公卿):甥。嫡嗣に恵まれなかった良房の養子となった。
  • 恒貞親王(皇族):皇位継承に絡む政変(承和の変)で廃された。
  • 橘逸勢(官人):承和の変で伴健岑と共に逮捕された。
  • 伴善男(公卿):同僚。応天門炎上事件の犯人とされ、政界を追われた。

参考資料

  • 菊池容斎:「前賢故実」より

参考リンク