大隈重信の似顔絵

大隈重信のイラスト

大隈重信

おおくましげのぶ
(1838-1922)
幕末の佐賀藩士、明治時代~大正時代の政治家・教育者
第8・17代内閣総理大臣

佐賀藩出身。藩校弘道館を経て長崎で英学を学ぶ。明治政府で参議・大蔵卿となり地租改正や殖産興業政策を進め、明治十四年の政変で下野して立憲改進党を結成。伊藤、黒田両内閣の外相として条約改正交渉に当たるが、反対派に襲撃され辞職する。1898年に板垣退助と憲政党を結成して初の政党内閣を組織。1914年に再び首相となり第一次大戦に参戦、対中国権益の21ヶ条要求を提出した。また東京専門学校(早稲田大学)の創設にも携わった。

関連人物

  • フルベッキ(宣教師):英学の師。
  • 副島種臣(佐賀藩士):共に脱藩して志士として活動。
  • パークス(駐日英国公使):キリスト教処分問題について交渉。
  • 大久保利通(内務卿):大隈の財政政策を牽制。
  • 伊藤博文(初代首相):大隈が外相として入閣。
  • 黒田清隆(第2代首相):大隈が外相として再任。
  • 松方正義(第4代首相):大隈が外相として再入閣するが、薩派と合わず辞職。
  • 山県有朋(元老):陸軍の二個師団増設を主張。
  • 板垣退助(第1次内閣内相):初の政党内閣に臨むが内紛により短期間で瓦解。
  • 尾崎行雄(第1次内閣文相):金権政治への批判演説を「不敬」と非難された。
  • 加藤高明(第2次内閣外相):中国の袁世凱政府に21ヵ条要求を提出。
  • 大浦兼武(第2次内閣内相):議会での議員買収が発覚し引退に追い込まれた。

(2017/12/29 改作)