キリヌケ成層圏

歴史上の人物の似顔絵を切り絵で描くブログ(画風改造中)

徳川綱吉の似顔絵

2015/01/24

徳川綱吉のイラスト

徳川綱吉

とくがわつなよし(1646-1709)
上野館林藩初代藩主
江戸幕府第5代将軍

徳川家光の四男。父の死後に上野館林城主となり、1680年に兄家綱の死を受けて将軍に就任。堀田正俊を大老として諸藩の監査を行い、不良大名や代官を処分するなど徳を重んじた文治政治を推進する(天和の治)。のち正俊が刺殺されると、柳沢吉保ら側用人を重用。悪法と評される「生類憐れみの令」を発したほか、勘定奉行荻原重秀による貨幣改鋳で財政悪化を招いた。一方で元禄文化が華やいだ時期でもあり、その治世への評価は分かれている。

関連人物

  • 徳川家光(第3代将軍):父。
  • 桂昌院(家光の側室):母。生類憐れみの令の発布に影響を与えたとされる。
  • 徳川家綱(第4代将軍):異母兄で義父。偏諱「綱」を与えた。
  • 徳川家宣(第6代将軍):養子。綱吉の遺言を破って生類憐れみの令を廃止。
  • 徳川吉宗(第8代将軍):紀州藩主就任時に偏諱「吉」を受けた。
  • 堀田正俊(大老):重臣。綱吉擁立の功労者。
  • 柳沢吉保(側用人):寵臣。偏諱「吉」を受けた。
  • 荻原重秀(勘定奉行):幕府の財政難を受けて貨幣改鋳を実施。
  • 木下順庵(儒学者):幕府儒官として綱吉の侍講を務めた。
  • 浅野長矩(第3代赤穂藩主):殿中刃傷事件で綱吉の怒りを買い、即日切腹。

参考資料

  • 土佐光起:徳川綱吉像(徳川美術館蔵)

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