山名宗全の似顔絵

山名宗全,山名持豊のイラスト

山名宗全 / 山名持豊

やまなそうぜん / やまなもちとよ
(1404-1473)
室町時代中期の武将・守護大名
室町幕府侍所頭人、但馬・備後・安芸・伊賀・播磨守護

山名時煕の三男。30歳で家督を継ぎ、但馬など4ヶ国の守護となる。1441年、嘉吉の乱で播磨の赤松満祐を追討して領国を回復。出家後も管領家と縁戚を結んで権勢を強め、文正の政変で将軍足利義政の側近を追放する。しかし畠山氏の内紛(御霊合戦)に介入した事で宿老細川勝元と決裂し、諸大名の勢力争いも絡んで応仁の乱が勃発。西軍を率いて京都市街で攻防を繰り広げるが、戦乱は泥沼化して求心力は低下、和平の道を模索する中で病に倒れた。

むやみに先例を引き合いに出すのはよろしくない。今後は「例」という言葉を「時」という言葉に替えて、御心得あるべきです。
…貴殿ら公家は何かと先例にとらわれ時勢を見失ってしまうゆえ、武家の辱めを受けて天下を奪われ、媚びへつらうようになったのです。この宗全ごときが貴殿と同輩のように語らう、これはいつの時代の先例でしょう。これこそ時勢というものなのです。

「塵塚物語」巻六
ある大臣との問答(大意)

関連人物

  • 足利義持(第4代将軍):偏諱「持」を与えた。
  • 足利義教(第6代将軍):粛清を恐れた赤松満祐父子に誘殺された。
  • 赤松満祐(播磨守護):将軍義教を暗殺後、山名軍の追討を受けて自刃。
  • 足利義政(第8代将軍):赤松氏の処遇を巡って宗全と確執を抱えた。
  • 日野富子(将軍御台所):実子義尚の後見依頼は「応仁記」の創作とされる。
  • 伊勢貞親(政所執事):義尚派の将軍側近。赤松氏再興を進めて敵視された。
  • 足利義視(西幕府将軍):貞親の復帰を恐れ、東軍から西軍へ転じた。
  • 細川勝元(管領):婿。赤松氏の処遇や斯波氏・畠山氏の家督問題などで対立。
  • 斯波義廉(管領):婿。西軍主力。家督を巡って宗家の斯波義敏と対立。
  • 畠山義就(河内守護):西軍主力。家督を巡って従弟の畠山政長と抗争。
  • 大内政弘(周防守護):養女の子。西軍副将格として畿内各地で転戦。
  • 赤松政則(加賀半国守護):東軍。宗全から赤松氏の旧領を奪回した。

(2017/03/07 改作)