佐竹義宣の似顔絵

佐竹義宣のイラスト

佐竹義宣

さたけよしのぶ(1570-1633)
安土桃山時代~江戸初期の武将・大名
出羽久保田藩初代藩主

佐竹義重の嫡男。父の隠居により家督を継ぎ、北の伊達氏、南の北条氏と対峙する。1590年、豊臣秀吉の小田原攻めに参陣し、忍城攻めや奥州仕置に従って所領安堵され、のち常陸・下野など54万石を拝領、本拠を太田から水戸へ移した。秀吉没後、旧交のあった石田三成が武断派の七将に襲撃されるとこれを保護。関ヶ原の戦いでは西軍寄りの立場を示したため、出羽久保田21万石へ減転封となる。大坂の陣では徳川方として奮戦し、秋田経営の基礎を築いた。

関連人物

  • 佐竹義重(常陸の大名):父。「鬼義重」と呼ばれた勇将。
  • 蘆名義広(会津の大名):弟。摺上原で伊達氏に敗れ、実家の常陸へ逃れた。
  • 伊達政宗(奥羽の大名):従兄。摺上原で佐竹・蘆名を破り、南奥州の覇権を確立。
  • 北条氏直(相模の大名):下野・常陸へ勢力を伸ばすが、小田原征伐により没落。
  • 江戸重通(常陸の大名):旧水戸城主。小田原征伐不参のため水戸を追われた。
  • 豊臣秀吉(天下人):佐竹氏に常陸など54万国の所領を安堵した。
  • 石田三成(豊臣家家臣):旧友。小田原攻めの前後から親交を深めた。
  • 上杉景勝(越後の大名):会津征伐へ向かう徳川軍を挟撃する計画があったとされる。
  • 徳川家康(江戸幕府初代将軍):関ヶ原の件で佐竹氏を常陸から出羽へ転封した。
  • 渋江政光(佐竹氏家臣):家老。大坂冬の陣・今福の戦いで戦死。

参考資料

  • 佐竹義宣像(天徳寺蔵)

特別関連人物・加藤主鈴

かとうしゅれい(?-1623)
安土桃山時代〜江戸初期の武将
佐竹氏家臣

当ブログ作者の先祖。諱は久利。父の代から下野に住し、500石を領していたが、関ヶ原の一件で義宣に従って出羽へ移り、土崎湊へ住む。のち大坂冬の陣に足軽大将として従軍し、今福の戦いで豊臣方の木村重成・後藤基次軍と交戦。苦戦の中で首級を挙げ、150石を賜った。