加藤清正の似顔絵

2016/04/20

加藤清正のイラスト

加藤清正

かとうきよまさ(1562-1611)
安土桃山時代~江戸時代初期の武将・大名
肥後熊本藩初代藩主

尾張国出身。幼少より羽柴秀吉に仕え、理財と武勇の両面で活躍。賤ヶ岳の戦いで一躍武名を上げ、九州征伐後に肥後半国19万5000石を領した。文禄・慶長の役でも奮戦するが、講和問題で石田三成ら講和派と対立して一時蟄居している。関ヶ原の戦いでは徳川方に協力し、戦後に肥後一国52万石の大名へと躍進、熊本城を築城して治水事業に尽力する。徳川幕府に臣従しながら豊臣家の存続も願って両家の和解に奔走、二条城での会見の帰途で病に倒れた。

関連人物

  • 豊臣秀吉(尾張の大名):主君。互いの母が従姉妹の間柄。
  • 高台院(秀吉の正室):幼い清正を養育。
  • 豊臣秀頼(豊臣家当主):清正らの周旋で二条城で家康と会見。
  • 徳川家康(江戸幕府初代将軍):豊臣家恩顧の清正を懐柔しながら警戒。
  • 福島正則(安芸の大名):武断派の盟友。
  • 浅野幸長(紀伊の大名):武断派の盟友。清正と共に二条城会見を周旋。
  • 石田三成(豊臣家家臣):朝鮮出兵時に対立し、清正を讒訴・謹慎させた。
  • 小西行長(豊臣家家臣):朝鮮出兵での先陣争いなど、常に敵対していた。
  • 加藤忠広(第2代熊本藩主):三男。御家騒動や領内政策の不手際で改易された。

参考資料

  • 加藤清正公像(熊本城)
  • 加藤清正像(勧持院蔵)

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