坂上田村麻呂の似顔絵

坂上田村麻呂のイラスト

坂上田村麻呂

さかのうえのたむらまろ(758-811)
奈良後期~平安前期の武官・征夷大将軍

坂上苅田麻呂の子。近衛府で武官を務め、791年に征東副使として陸奥へ下向、大使大伴弟麻呂の下で蝦夷征討を遂行する。のち陸奥按察使・陸奥守・鎮守府将軍を兼任し、797年に弟麻呂を引き継いで征夷大将軍に補任された。胆沢城や志波城を造営し、首長アテルイやモレを降伏させて蝦夷平定の功を上げた。810年の薬子の変では嵯峨天皇に従い、東国脱出を企てた平城上皇らを阻止して鎮定に貢献。また京都清水寺の創建者と伝えられている。

関連人物

  • 坂上苅田麻呂(武官):父。藤原仲麻呂の乱などで活躍。
  • 桓武天皇(第50代天皇):蝦夷征討事業を推進したが、後に中断。
  • 平城上皇(第51代天皇):復位を目論み東国脱出を図るが阻止された。
  • 嵯峨天皇(第52代天皇):田村麻呂を篤く信任し、その死を悼んだ。
  • 大伴弟麻呂(征夷大将軍):上官。文献上で初の征夷大将軍。
  • アテルイ(蝦夷の首領):田村麻呂の助命嘆願が叶わず処刑された。
  • 藤原緒嗣(公卿):蝦夷征討の中断を桓武に建言した。
  • 文屋綿麻呂(武官):田村麻呂と共に上皇の東国脱出を阻止。

参考資料

  • 月岡芳年:「月百姿」より