足利義満の似顔絵

2017/06/12

足利義満のイラスト

足利義満

あしかがよしみつ
(1358-1408)
室町幕府第3代将軍

足利義詮の嫡男。父の没後に将軍となり、管領細川頼之の庇護下で成長。頼之の失脚後は斯波義将を管領として独立を志向、将軍権力の絶対化を図り、山名氏や大内氏などの有力守護を巧みに離間させて勢力を削った。1392年には南朝の後亀山天皇から北朝の後小松天皇へ神器を譲らせ、南北朝合一を実現。また「日本国王」として明に追従する形で勘合貿易を成立、北山第(鹿苑寺)を造営して政務や祭祀を行ったほか、芸道・文化にも通じて公武に君臨した。

南北両朝御合体の事、念入りに吉田兼煕卿に申し合わせたところ、成就したのはめでたい事であります。三種の神器を京へ戻すにあたり、御譲国の儀式をなすべきの旨、了解しました。今後は北朝・持明院統と南朝・大覚寺統が交互に皇位を継承する事と決定致しました。とりわけ、諸国の国衙領はすべて大覚寺統の領有とし、長講堂領はすべて持明院統の所有とします。

明徳3年(1392)10月13日
南朝方重臣・阿野実為宛ての請文

関連人物

  • 足利義詮(第2代将軍):父。臨終に際して細川頼之に幕政の補佐を託した。
  • 足利義持(第4代将軍):長男。父が異母弟義嗣を偏愛したために確執を抱えた。
  • 青蓮院義円(天台座主):五男。後に還俗して6代将軍足利義教となる。
  • 後円融天皇(北朝第5代天皇):母方の従兄弟。権勢を増す義満と確執を抱えた。
  • 後亀山天皇(第99代天皇):義満の要請で三種の神器を後小松天皇に伝えた。
  • 後小松天皇(第100代天皇):後亀山から神器を継承し、両朝の合一を実現。
  • 細川頼之(管領):幼少の義満を補佐。康暦の政変で失脚するが後に復帰。
  • 斯波義将(管領):宿老。義満の死後、尊号追贈の辞退を将軍義持に進言した。
  • 大内義弘(周防守護):西国の雄として勢威を誇るが、応永の乱を起こして敗死。
  • 今川了俊(九州探題):探題解任後に自著「難太平記」で義満の政道を批判。
  • 二条良基(公卿):義満に公家の教養を教え、北朝と幕府の一体化を図った。
  • 世阿弥(猿楽師):義満の庇護を受けて猿楽能を大成させた。

参考資料

  • 足利義満木像(等持院蔵)
  • 足利義満像(鹿苑寺蔵)

参考リンク

(2017/02/21 改作)

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