石橋湛山の似顔絵

石橋湛山のイラスト

石橋湛山

いしばしたんざん
(1884-1973)
大正時代~昭和時代のジャーナリスト・政治家
第55代内閣総理大臣

東京芝出身。早稲田大学卒業後、東洋経済新報社へ入社。大正デモクラシーにおけるリベラル派言論人として活躍、反帝国主義的な「小日本主義」を唱え、また積極財政論を展開する。戦後、自由党へ入り、第1次吉田内閣の蔵相としてインフレ政策を推進。公職追放を経て反吉田に回り、鳩山内閣で通産相を務めた。56年、鳩山後継の自民党総裁となり組閣するが、急病によりわずか2ヶ月で退陣。晩年は中国やソ連など共産主義国との親善に尽力した。

…アジア大陸に領土を拡張すべからず、満州も宜しく早きに及んでこれを放棄すべし、とはこれ吾輩の宿論なり。更に新たに支那山東省の一角に領土を獲得する如きは、害悪に害悪を重ね、危険を加うるもの、断じて反対せざるを得ざる所なり。
…大戦もいよいよ終りを告げ、平和を回復し、人心落着きて、物を観得る暁に至れば、…我が国を目して極東の平和に対する最大の危険国となし、欧米の国民が互いに結合して、我が国の支那における位地の転覆に努むべきは、今より想像し得て余りあり。かくて我が国の青島割取は実に不抜の怨恨を支那人に結び、欧米列強には危険視せられ、決して東洋の平和を増進する所以にはあらずして、かえって形勢を切迫に導くものにあらずや。

大正3年(1914)11月15日
「東洋経済新報」社説
『青島は断じて領有すべからず』

関連人物

  • 杉田日布(日蓮宗の僧):父。身延山久遠寺の法主。
  • 馬場恒吾(ジャーナリスト):石橋と共に戦前を代表するリベラル派言論人。
  • 清沢洌(ジャーナリスト):石橋と共に戦前を代表するリベラル派言論人。
  • 井上準之助(財政家):浜口内閣で緊縮財政を進めて石橋から批判された。
  • 吉田茂(第45代首相):石橋が蔵相として初入閣。
  • 鳩山一郎(第52-54代首相):石橋が通産相として入閣。
  • 岸信介(副総理・外相):鳩山引退後の自民党総裁選を争った。
  • 石井光次郎(自民党議員):石橋、岸と共に自民党総裁選を争った。
  • 石田博英(内閣官房長官):総裁選で石橋支持・石井支持の「連合」を画策。
  • 三木武夫(自民党幹事長):総裁選で石橋を擁立。
  • 池田勇人(蔵相):石橋の下で積極政策を打ち出した。
  • 周恩来(中国国務院総理):訪中した石橋と会談して日中友好に協力。