清浦奎吾の似顔絵

清浦奎吾のイラスト

清浦奎吾

きようらけいご(1850-1942)
明治時代~昭和前期の官僚・政治家
第23代内閣総理大臣

肥後国出身。旧姓は大久保。広瀬淡窓の咸宜園で漢学を学び、上京して埼玉県官吏となる。山県有朋直系の内務官僚として治安制度の整備などに尽力。貴族院議員に選ばれ、第2次松方内閣、第2次山県内閣、第1次桂内閣の法相や枢密院議長などを歴任する。1924年に貴族院中心の超然内閣を組織すると、護憲三派から「特権内閣」と攻撃され(第二次護憲運動)、衆議院解散で対抗したが総選挙で大敗。わずか5ヶ月の短命内閣に終わり、以後は重臣に列した。

関連人物

  • 広瀬淡窓(漢学者):「咸宜園」主宰。清浦の入塾は淡窓の没後。
  • 松方正義(第6代首相):清浦が法相として入閣。
  • 山県有朋(第9代首相):庇護者。清浦が法相として入閣。
  • 桂太郎(第11代首相):清浦が法相・農商務相として入閣。
  • 平田東助(貴族院議員):清浦と共に山県系会派を形成して影響力を保った。
  • 三浦梧楼(枢密顧問官):反藩閥の黒幕として護憲三派の結成を仲介。
  • 加藤高明(憲政会総裁):清浦内閣を倒し、後任の首相として護憲三派内閣を発足。
  • 犬養毅(革新倶楽部総裁):加藤・高橋と結んで護憲三派を結成。
  • 高橋是清(立憲政友会総裁):加藤・犬養に呼応して清浦内閣打倒に参加。
  • 床次竹二郎(政友本党総裁):政友会を離党して清浦内閣支持に回った。