大江広元の似顔絵

大江広元のイラスト

大江広元 / 中原広元

おおえのひろもと / なかはらのひろもと
(1148-1225)
平安時代末期~鎌倉時代初期の文官
鎌倉幕府初代政所別当

大江維光の子。当初は明経道の中原家の養子となり、外記として朝廷の実務に携わるが、後に兄親能との縁から源頼朝に招かれ、30代半ばで鎌倉へ下る。公文所(のち政所)別当に就任し、朝廷との交渉や実務・取次役として活躍。頼朝の死後は継嗣頼家を補佐する「13人の合議制」に参画し、北条政子・義時姉弟と協力して執権政治の確立に努めた。晩年に大江姓へ復し、承久の乱では慎重論を抑えて京への積極攻撃策を唱え、幕府方の完勝に貢献した。

関連人物

  • 中原親能(文官):兄。頼朝と親しく、後に兄弟で「13人の合議制」に参画。
  • 源頼朝(初代将軍):主。広元を側近として重用。
  • 源頼家(第2代将軍):「13人の合議制」によって政権を運営。
  • 源実朝(第3代将軍):急速な官位昇進を広元から諌められた。
  • 北条政子(尼将軍):広元と協調して幕政を指導。
  • 北条義時(第2代執権):広元と協調しながら実権を掌握。
  • 三善康信(文官):初代問注所執事として政治機構の整備に努めた。
  • 飛鳥井雅経(公卿):娘婿。
  • 和田義盛(有力御家人):北条氏への反乱に際し、広元の屋敷を襲撃。
  • 毛利季光(御家人):四男。相模国毛利を領し、毛利氏の祖となった。

参考資料

  • 「絵本和田軍記」より