藤原清衡の似顔絵

藤原清衡のイラスト

藤原清衡 / 清原清衡

ふじわらのきよひら / きよはらのきよひら(1056-1128)
平安後期の武将・豪族
奥州藤原氏初代当主

藤原経清の子。前九年合戦で陸奥安倍氏に味方した父を失い、母の再嫁先である出羽清原氏の養子となる。やがて一族兄弟で内紛が起きると、これに介入した陸奥守源義家に降って清原氏を攻め滅ぼし(後三年合戦)、奥六郡の支配権を掌握。のち父の姓である藤原に復して勢力拡大を図り、1094年頃から拠点を平泉へ移し、京の摂関家とも関係を深めて経営を推進。1105年には中尊寺の造立に着手し、奥州藤原氏による黄金時代100年の礎を築いた。

この鐘の音はあらゆる世界へ、苦悩を去り、安楽を与え、あまねく平等に響くのです。官軍の兵も、蝦夷の兵も、古来より数多の命が失われました。人間だけでなく鳥獣魚貝も数限りなく犠牲になりました。その御霊は彼方へ去り、朽ちた骨はこの奥州の塵土となっております。この鐘の音が大地を動かすごとに、罪もなく命を奪われしものの御霊を慰め、浄土へ導いてくれますよう。

天治3年(1126)3月24日
中尊寺落慶供養願文(抜粋・意訳)

関連人物

  • 藤原経清(亘理権大夫):実父。前九年合戦で安倍方に属すが、敗れて刑死。
  • 安倍頼時(陸奥の俘囚長):母方の祖父。前九年合戦で敗死。
  • 安倍貞任(陸奥の武将):母方の伯父。前九年合戦で敗死。
  • 源頼義(鎮守府将軍):前九年合戦で安倍氏を滅ぼし、経清を処刑した。
  • 清原武貞(出羽の武将):養父。前九年合戦後に清衡を引き取った。
  • 清原真衡(出羽の武将):義兄。一族の惣領として清衡・家衡と対立。
  • 清原家衡(出羽の武将):異父弟。奥六郡の領有を巡って清衡と抗争。
  • 源義家(陸奥守):後三年合戦に介入し、清原氏を滅ぼした。
  • 藤原基衡(第2代当主):子。清衡の遺志を継いで毛越寺を再興した。
  • 北畠顕家(南北朝時代の公家武将):奥州下向時に「中尊寺落慶供養願文」を書写。

参考資料

  • 藤原清衡像(毛越寺蔵)

(2014/10/09 改作)