板垣退助の似顔絵

板垣退助のイラスト

板垣退助 / 乾退助

いたがきたいすけ / いぬいたいすけ(1837-1919)
幕末の土佐藩士、明治~大正時代の政治家
自由党総理

土佐藩出身。旧姓は乾。藩主山内容堂の側近として活動し、のち中岡慎太郎の仲介で西郷隆盛と会見、武力倒幕への薩土盟約を結ぶ。戊辰戦争では官軍の参謀として迅衝隊を率いて転戦。新政府で参議となるが征韓論争に敗れて下野、1874年に民撰議院設立建白書を提出し、自由民権運動に乗り出した。81年に自由党を結成し、全国を遊説して党勢拡大に奔走。帝国議会開設後は第2次伊藤・第1次大隈内閣で内相を歴任し、政界引退後は社会問題に携わった。

私どもが伏して現政権がどこにあるかを考えてみまするに、上は皇室になく、下は人民になく、ただ官僚(政府首脳)に独占されております。
…そこでこれを救う方法を探し求めてみましたが、ただ天下の公議(世論)を張る以外にありません。天下の公議を張るには民撰議院を設立するしかありません。すなわち官僚の権力を制限してこそ、上下の者が安全と幸福を受けることができるでしょう。

1874年1月17日提出
「民撰議院設立建白書」(抜粋・現代語訳)

関連人物

  • 山内容堂(土佐藩主):主君。乾が御側用役として仕えた。
  • 後藤象二郎(土佐藩士):郷友。後に板垣らと民撰議院設立建白書を提出。
  • 武市瑞山(土佐藩士):勤王党盟主として急進的攘夷論を唱え、弾圧を受けた。
  • 中岡慎太郎(土佐浪士):乾らと密談し、薩土討幕の密約を仲介。
  • 西郷隆盛(薩摩藩士):薩土密約を締結。後に征韓論争で板垣と共に下野。
  • 近藤勇(旧幕臣):新選組改め甲陽鎮撫隊を率いるが、甲州勝沼の戦いで敗退。
  • 江藤新平(元参議):板垣・後藤らと連名で民撰議院設立建白書を提出。
  • 河野広中(自由党幹部):東北地方の自由民権運動を主導。
  • 伊藤博文(第5代首相):超然主義を放棄し、板垣を内相に迎えた。
  • 大隈重信(第8代首相):板垣が副首相格として内相に就くが、短期間で瓦解。

(2015/02/15 改作)