大江匡房の似顔絵

大江匡房,江帥のイラスト

大江匡房

おおえのまさふさ
(1041-1111)
平安時代後期の学者・歌人・公卿

大江成衡の子。幼少から漢書を嗜む神童で、16歳で文章得業生となる。29歳で蔵人・左衛門権佐・右少弁を兼任し、後三条天皇の近臣として活躍。以後3代の天皇の侍読を務め、弁官職を累進。参議となって公卿に列し、堀河朝で権中納言となり白河院政に深く関わる。後年は太宰権帥に任じられ、江帥と号された。当代随一の碩学であり、有職故実書「江家次第」のほか、「江談抄」「遊女記」など多くの著作を残し、和歌や漢詩にも優れた。

高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなん

高い山峰の上に桜が咲いているなあ。
里近くの山には、霞が立たないでほしい。

「後拾遺和歌集」
「小倉百人一首」第73番
内大臣藤原師通邸での詠歌

関連人物

  • 大江匡衡(学者):曽祖父。大江家の伝統を継ぎ、詩才に優れた。
  • 赤染衛門(歌人):曽祖母。最晩年に匡房の誕生を言祝ぐ歌を詠んだ。
  • 後三条天皇(第71代天皇):皇太子時代から匡房ら有能な近臣集団を構築。
  • 白河天皇(第72代天皇):匡房を信任して院政を運営。
  • 堀河天皇(第73代天皇):親王時代から匡房が学士として教育。
  • 藤原師実(公卿):摂関家。養女を白河に入内させ白河院政と協調。
  • 藤原師通(公卿):師実の子。匡房に学び、「江家次第」をまとめさせた。
  • 藤原実政(公卿):日野流。匡房と同じく後三条・白河の侍読。
  • 藤原通俊(公卿):小野宮流。匡房と並ぶ近臣で「後拾遺和歌集」を撰進。
  • 藤原為房(公卿):勧修寺流。有能な実務官人として白河院政に関与。
  • 源俊明(公卿):醍醐源氏。匡房と並んで白河院政に深く関与。
  • 源義家(河内源氏棟梁):匡房から兵法を学んだ逸話がある。

参考資料

  • 菊池容斎:「前賢故実」より

参考リンク