豊臣秀吉 / 羽柴秀吉
とよとみひでよし / はしばひでよし
(1537-1598)
戦国時代〜安土桃山時代の武将・大名・天下人
尾張国出身。下層の出自ながら織田信長の下で功を重ねて台頭。本能寺の変後に山崎の戦いで明智光秀を、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を討ち、亡き主の覇業を継承する。小牧・長久手の戦いを経て、四国の長宗我部氏、九州の島津氏を制し、1590年に関東の北条氏を降して天下を統一した。この間に関白となって豊臣姓を賜り、検地や刀狩などの新政策で近世封建体制の基礎を確立。しかし晩年の2度の朝鮮出兵は諸大名を疲弊させ、政権の早期弱体化を招いた。
関連人物
- 織田信長(尾張の大名):旧主。
- 明智光秀(織田家家臣):本能寺の変を受け、中国攻めから返した秀吉と激突。
- 柴田勝家(織田家重臣):信長没後の後継と主導権を巡って秀吉と対立。
- 豊臣秀長(豊臣家一門):異父弟。秀吉の片腕として政権運営の調整役となる。
- 豊臣秀次(豊臣家一門):甥で養子。秀頼誕生後は次第に疎まれ、粛清された。
- 豊臣秀頼(豊臣家当主):側室淀殿との次男。後に大坂の陣で滅亡。
- 正親町天皇(第106代天皇):秀吉に豊臣姓を下賜した。
- 徳川家康(五大老):豊臣政権に面従腹背。
- 前田利家(五大老):賤ヶ岳で秀吉に臣従し、後に秀頼の後見役となる。
- 宇喜多秀家(五大老):秀吉の寵愛を受けて猶子となる。
- 石田三成(五奉行):文治派の能吏として検地や兵站などを統轄。
参考資料
- 狩野光信:「豊臣秀吉像」(高台寺蔵)
(2017/02/21 改作)