津軽為信の似顔絵

津軽為信のイラスト

津軽為信 / 大浦為信

つがるためのぶ / おおうらためのぶ(1550-1607)
戦国時代~江戸初期の武将・大名
陸奥弘前藩初代藩主

堀越城主武田守信の子とされる。伯父大浦為則の婿養子となり大浦氏を相続。主家である南部氏に突如と反逆して石川城や浪岡城などを攻略、1588年に津軽一帯を手中にした。豊臣秀吉の小田原征伐に参陣し、津軽の領有を認められ南部氏から独立。奥州仕置では九戸政実の乱の鎮圧に当たった。また関白近衛家にも接近して藤原姓と牡丹の家紋を許される。関ヶ原の戦いでは東軍に属し、晩年は陸奥高岡城(弘前城)の築城を始め、弘前藩の基礎を固めた。

関連人物

  • 武田守信(堀越城主):実父とされる。
  • 大浦為則(大浦城主):養父。
  • 石川高信(石川城主):為信に奇襲され、自害へ追い込まれた。
  • 北畠顕村(浪岡城主):為信に奇襲され、自害へ追い込まれた。
  • 南部信直(南部氏当主):為信の津軽押領を訴えるが却下された。
  • 九戸政実(南部氏重臣):豊臣政権へ靡く南部本家に反乱を起こした。
  • 豊臣秀吉(天下人):為信の恭順を受け、津軽領有を認めた。
  • 石田三成(豊臣家家臣):為信の所領安堵を仲介し、友好関係を築く。
  • 近衛前久(近衛家当主):為信に牡丹の家紋と藤原姓の使用を認めた。
  • 津軽信枚(第2代弘前藩主):三男。

参考資料

  • 津軽為信像(革秀寺蔵)

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