北畠親房の似顔絵

北畠親房のイラスト

北畠親房

きたばたけちかふさ(1293-1354)
鎌倉末期~南北朝時代の公卿・武将

北畠師重の長男。後醍醐天皇の下で大納言となるが、養育していた世良親王の早世を受けて出家。建武政権では長男顕家の陸奥下向に同行し、奥州経営を後見する。1336年、足利尊氏の謀反により上洛、京を逃れた後醍醐を吉野に迎えて南朝を開いた。しかし次第に劣勢になり、常陸へ下って東国の反幕勢力を鼓舞するが挫折。以後は吉野から賀名生へ退き、なおも南朝の総帥として後村上天皇を支えた。南朝の正当性を説く「神皇正統記」など多くの著作を残す。

関連人物

  • 後醍醐天皇(第96代天皇):主。ただし親房は新政には批判的だった。
  • 護良親王(後醍醐の皇子):縁者とされる。
  • 義良親王(後醍醐の皇子):奥州下向時に奉じられた。後の後村上天皇。
  • 北畠顕家(南朝方の公家武将):長男。南朝最強を誇ったが高師直に敗れた。
  • 北畠顕能(南朝方の公家武将):三男。伊勢国司となり伊勢北畠氏の祖となる。
  • 結城宗広(南朝方の武将):側近。足利軍との京都攻防戦で功を上げた。
  • 結城親朝(南朝方の武将):宗広の子。親房に従うが、後に北朝方へ寝返った。
  • 足利尊氏(足利幕府初代将軍):建武政権を離脱し、朝敵とされた。
  • 高師冬(足利幕府関東執事):師直の従兄弟。関東で親房率いる南朝勢と交戦。
  • 足利直義(北朝方の武将):内紛で失脚後、両朝講和交渉に当たるが決裂。

参考資料

  • 菊池容斎:「前賢故実」 より
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