西行 / 佐藤義清
さいぎょう / さとうのりきよ
(1118-1190)
平安時代末期~鎌倉時代初期の武士・僧・歌人
藤原秀郷の末裔。裕福な武家に生まれ、徳大寺家の家人、また北面武士として鳥羽院に仕えたが23歳で出家する。高野山を本拠に真言僧として修行に励みながら、中国・四国や陸奥などを行脚し、仏教観に基づいた独自の抒情歌を確立。60歳を過ぎて伊勢へ移住し、河内で病に罹り入滅した。後鳥羽院から「生まれながらの歌人」と評され、「新古今和歌集」には最多の94首が入撰。家集「山家集」のほか、多くの逸話や伝説が説話集に残された。
願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ
「山家集」
関連人物
- 鳥羽上皇(第74代天皇):旧主。
- 崇徳上皇(第75代天皇):旧主。
- 徳大寺実能(公卿):旧主。
- 空海(真言宗開祖):西行が西国の史跡を巡礼した。
- 能因(歌人):西行が陸奥の史跡を巡礼した。
- 藤原俊成(歌人):交友。
- 慈円(天台座主):交友。
- 源頼朝(源氏の棟梁):陸奥下向中の西行が鎌倉で面会した。
- 後鳥羽上皇(第82代天皇):西行を「生まれながらの歌人」と称えた。
- 宗祇(連歌師):西行の影響を受けた。
- 松尾芭蕉(俳諧師):西行の影響を受けた。
- 高杉晋作(長州藩士):西行を敬愛し、東行と号した。
参考資料
- 西行法師像(MOA美術館蔵)
参考リンク
- 西行の歌(やまとうた)
(2011/09/27 改作)