源維城 / 敦仁親王 / 醍醐天皇
みなもとのこれざね / あつぎみしんのう / だいごてんのう
(885-930)
第60代天皇
宇多天皇の第一皇子。父帝の譲位により13歳で即位。藤原時平と菅原道真を左右大臣として補佐を受けるが、両派の確執の末に道真を大宰府へ左遷する(昌泰の変)。以降、時平を中心に親政を行い、「延喜格式」や「日本三代実録」の編纂、「古今和歌集」の勅撰といった文化事業を推進。34年に及ぶ治世は後代に「延喜の治」と理想視されるが、晩年は相次ぐ身内の不幸や異変が道真の怨霊によるものと噂され、その慰霊に努めるなか病に倒れた。
関連人物
- 宇多上皇(第59代天皇):父帝。譲位に際し「寛平御遺誡」を与えた。
- 朱雀天皇(第61代天皇):第十一皇子。治世中に天慶の乱が起きた。
- 村上天皇(第62代天皇):第十四皇子。「天暦の治」と仰がれた。
- 藤原時平(公卿):「日本三代実録」「延喜格式」の編纂中に早世。
- 菅原道真(公卿):昌泰の変で大宰府に流され、後に怨霊視された。
- 藤原忠平(公卿):兄時平の遺業を継いで「延喜格式」を完成させた。
- 源高明(公卿):第十皇子。冷泉朝に安和の変で大宰府へ流された。
- 紀貫之(歌人):醍醐の勅命を受けて「古今和歌集」を撰した。
- 三善清行(文官):地方政治に関する「意見封事十二箇条」を奏上した。
- 後醍醐天皇(第96代天皇):醍醐朝の「延喜の治」を理想とした。
参考資料
- 醍醐天皇像(醍醐寺三宝院蔵)
参考リンク
- 醍醐天皇の歌(やまとうた)