丹羽長秀の似顔絵

2014/05/21

丹羽長秀のイラスト

丹羽長秀

にわながひで(1535-1585)
戦国時代~安土桃山時代の武将・大名

尾張国出身。父の死後に織田信長に仕え、その養女を娶った。信長の覇業に従って各地を転戦し、1571年に近江佐和山城主、さらに若狭一国を拝領する。また安土城の総普請奉行を務めるなど行政面でも活躍。本能寺の変が起きると羽柴秀吉と合流、山崎の戦いで明智光秀を討った。清洲会議では池田恒興と共に秀吉を支持し、賤ヶ岳の戦いでも秀吉を援護して柴田勝家を打破。この武功で越前・若狭と加賀半国を領する大大名となるが、その2年後に病に倒れた。

関連人物

  • 織田信長(尾張の大名):主君。偏諱「長」を与えた。
  • 織田秀信(信長の嫡孫):清洲会議で秀吉・長秀・恒興に擁立された。
  • 明智光秀(織田家重臣):逆臣として山崎の戦いで敗死。
  • 柴田勝家(織田家重臣):上役。清洲会議で対立し、賤ヶ岳の戦いで敗死。
  • 滝川一益(織田家重臣):賤ヶ岳の戦いで敗北後、長秀を頼って一時隠居。
  • 羽柴秀吉(織田家家臣):清洲会議を機に信長の天下統一事業を継承。
  • 池田恒興(織田家家臣):清洲会議で長秀と共に秀吉を支持。
  • 堀秀政(織田家家臣):信長没後、長秀に代わって佐和山城を拝領した。
  • 長束正家(丹羽家家臣):長秀没後、秀吉に見出され直参の家臣となる。
  • 丹羽長重(若狭の大名):嫡男。

参考資料

  • 丹羽長秀像(大隣寺蔵)

-日本の人物, 似顔絵, 戦国時代, 室町時代, 安土桃山時代
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