藤原仲麻呂 / 藤原恵美押勝
ふじわらのなかまろ / ふじわらえみのおしかつ
(706-764)
奈良時代の公卿
淳仁朝太師(太政大臣)
藤原武智麻呂の二男。民部卿・式部卿などを歴任して橘諸兄政権で台頭する。孝謙天皇の即位に伴い大納言となり、叔母光明皇后の信任のもと紫微中台の長官を兼任。757年、橘奈良麻呂ら反対派への大粛清を敢行し、翌年に淳仁天皇を擁立。太保(右大臣)として独自の唐風政策を進め、恵美押勝の姓名を賜るなど勢威を振るった。しかし光明皇太后が崩ずると権力が弱体化、さらに道鏡を寵愛する孝謙上皇とも確執を深め、反乱を起こすが敗死した。
いざ子ども 狂わざなせそ 天地の 堅めし国ぞ 大和島根は
さあ皆の者よ、愚かなことはするでないぞ。
この日本という国は、天地の神々が造り固めた国なのだから。「万葉集」
巻第二〇・第4487番
橘奈良麻呂の乱鎮圧後の宴で詠んだ歌
関連人物
- 藤原不比等(公卿):祖父。仲麻呂が父祖顕彰を意図して養老律令を施行。
- 藤原武智麻呂(公卿):父。藤原四兄弟の長兄。
- 藤原豊成(公卿):兄。橘奈良麻呂の乱に連座して左遷された。
- 光明皇后(聖武天皇の皇后):叔母。仲麻呂を信任して様々な施策を行った。
- 孝謙天皇(第46代天皇):光明崩御後に確執を深め、挙兵した仲麻呂を誅殺。
- 淳仁天皇(第47代天皇):主。仲麻呂に擁立された傀儡。乱後に廃された。
- 氷上塩焼(賜姓皇族):仲麻呂の乱で「今帝」に擁立されるが誅された。
- 橘諸兄(公卿):政敵。光明の後ろ盾で勢力を増す仲麻呂に押された。
- 橘奈良麻呂(公卿):仲麻呂の勢力拡大を恐れて反乱を企てるが、粛清された。
- 吉備真備(学者・公卿):仲麻呂政権で冷遇されたが、後に仲麻呂追討を指揮。
- 道鏡(法相宗の僧):孝謙の寵愛で台頭した事で、仲麻呂政権を動揺させた。
- 徳一(法相宗の僧):子とされる。
参考リンク
- 藤原仲麻呂の歌(やまとうた)