吉田松陰の似顔絵

吉田松陰のイラスト

吉田松陰 / 吉田寅次郎

よしだしょういん / よしだとらじろう
(1830-1859)
幕末の長州藩士・思想家
松下村塾主宰者

長州萩出身。杉家に生まれ、叔父の吉田家を継ぐ。九州へ遊学後、江戸で佐久間象山に師事し、さらに脱藩して東北へ遊学。ペリーの下田来航に乗じて密航を企てるも失敗、投獄され郷里で幽閉される。のち松下村塾を主宰して久坂玄瑞・高杉晋作ら多くの門人を育成。1858年、幕府が無勅許で日米修好通商条約を結んだ事を非難し、老中間部詮勝の暗殺を策したため再投獄となる。やがて安政の大獄が始まると江戸へ送られ、自供の末に処刑された。

日は昇らなければ傾き、月は満ちなければ欠け、国は栄えなければ廃れる。ゆえに国をよく保つ者は、ある領土をいたずらに失うだけでなく、無い領土を増やすのである。今、急いで軍備を整え、軍艦の戦略を備え、大砲の計画を満たし、すなわち蝦夷地を開墾して諸侯を封建し、間に乗じてカムチャッカとオホーツクを奪い、琉球を諭して国内諸侯と同じく参勤させ、朝鮮を責めて質を納め貢物を奉らせていた古代の盛時のようにし、北は満洲の地を分割し、南は台湾とルソン諸島を治め、次第に進取の勢いを示すべきである。

「幽囚録」
安政元年(1854)

関連人物

  • 孝明天皇(第121代天皇):松陰が深く崇敬していた。
  • 毛利敬親(第13代長州藩主):主君。若き松陰の講義を聞いて賞賛した。
  • 佐久間象山(思想家):師。松陰の密航未遂に連座して蟄居になった。
  • 山県太華(儒学者):朱子学の立場から松陰の君臣論・天皇観を批判。
  • 井伊直弼(大老):無勅許で日米条約に調印後、安政の大獄を発動。
  • 間部詮勝(老中):井伊の下で弾圧を進め、松陰から暗殺の標的にされた。
  • 宮部鼎蔵(熊本藩士):友人。後に池田屋で新選組に襲撃され自刃。
  • 桂小五郎(長州藩士):藩校明倫館で松陰から兵学を学んだ。
  • 久坂玄瑞(長州藩士):松下村塾の高弟で妹婿。長州尊攘派の中心人物。
  • 高杉晋作(長州藩士):松下村塾の高弟。奇兵隊創設者。
  • 吉田稔麿(長州藩士):松下村塾の高弟。池田屋で新選組に襲撃され自刃。
  • 伊藤俊輔(長州藩士):松下村塾の弟子。

参考資料

  • 吉田松陰像(山口県文書館蔵)
  • 疋田雪州:吉田松陰木像(京都大学附属図書館蔵)
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