梶原景時の似顔絵

梶原景時,梶原平三のイラスト

梶原景時

かじわらかげとき(?-1200)
平安末期~鎌倉初期の武将

梶原景清の子。桓武平氏で鎌倉氏の一族。1180年に源頼朝が挙兵すると、大庭景親らと石橋山で迎え撃ったが、敗走する頼朝一行を見逃した事が縁となり、のち再起した頼朝に臣従。平家追討の過程で大将源義経と軍略を巡って対立、頼朝に讒訴して義経を失脚させた。その後も侍所別当として御家人統制に当たり、頼朝死後は13人の合議制にも列するが、結城朝光に対する讒訴を機に御家人の弾劾を受けて失脚。上洛途上の駿河で一族と共に討たれた。

関連人物

  • 大庭景親(平氏方の武将):同じ鎌倉氏の一族。
  • 源頼朝(源氏の棟梁):主君。石橋山で景時に救われ、後に側近として重用。
  • 源義経(源氏の大将):平家追討での軍略を巡って景時と対立。
  • 源頼家(第2代将軍):主君。父を継いで宿老の景時を重用した。
  • 上総広常(源氏方の武将):謀叛を疑われ、頼朝の命を受けた景時に誅殺された。
  • 梶原景季(源氏方の武将):嫡男。宇治川で佐々木高綱と先陣争いをした。
  • 源義仲(源氏の武将):敵将。宇治川の戦いで敗走。
  • 結城朝光(有力御家人):讒言がもとで景時排斥を求める政変が勃発。
  • 三浦義村(有力御家人):景時排斥を主導。
  • 和田義盛(有力御家人):景時排斥を主導。

参考資料

  • 松平定信編:「集古十種」より