東久邇宮稔彦王の似顔絵

東久邇宮稔彦王,東久邇稔彦のイラスト

東久邇宮稔彦王 / 東久邇稔彦

ひがしくにのみやなるひこおう / ひがしくになるひこ
(1887-1990)
明治時代〜昭和時代の皇族・陸軍軍人・政治家
第43代内閣総理大臣

久邇宮朝彦親王の九男。1906年に東久邇宮家を創設。陸軍大学校卒業後、フランスへ留学。陸軍の要職を歴任し、日中戦争では第2軍司令官として華北に駐留する。玉音放送後に初の皇族首相として組閣、降伏文書の調印や陸海軍の解体などの終戦処理を行った。しかしGHQの自由化指令に抵抗し、在任50日余で総辞職。47年に皇籍を離脱して東久邇稔彦と名乗り、新宗教を興して話題となる。以降、表舞台を離れてからも平成の世まで長命を保った。

敗戦のよって来るところはもとより一にして止まりませぬ。前線も銃後も、軍も官も民も総て、国民ことごとく静かに反省するところがなければなりませぬ。我々は今こそ総懺悔し、神の御前に一切の邪心を洗い浄め、過去をもって将来の戒めとなし、心を新たにして、戦いの日にも増したる挙国一家、相助け相携えて各々その本分に最善を尽くし、来るべき苦難の道を踏み越えて、帝国将来の進運を開くべきであります。

昭和20年(1945)9月5日
第88回帝国議会・施政方針演説

関連人物

  • 久邇宮朝彦親王(皇族):父。幕末の公武合体派「中川宮」として知られる。
  • 昭和天皇(第124代天皇):義甥。
  • 香淳皇后(昭和天皇の皇后):姪。
  • 木戸幸一(内大臣):円滑な終戦処理をすべく、皇族である東久邇宮を推挙。
  • 平沼騏一郎(枢密院議長):重臣。木戸と協議して東久邇宮を首班に奏薦。
  • 近衛文麿(国相):副総理格として東久邇宮を補佐。
  • 緒方竹虎(内閣書記官長):近衛と共に閣僚選定を担当。
  • 重光葵(外相):日本政府全権として連合国への降伏文書に調印。
  • 山崎巌(内相):共産主義者の弾圧継続を唱えてGHQと対立し、罷免された。
  • 中島知久平(軍需相):民間航空機会社「中島飛行機」創設者として知られる。
  • 幣原喜重郎(第44代首相):後任。親英米派として後継首班に擁立された。
  • マッカーサー(連合国軍最高司令官):東久邇宮内閣に「自由化」を指令。