幣原喜重郎の似顔絵

幣原喜重郎のイラスト

幣原喜重郎

しではらきじゅうろう
(1872-1951)
明治時代~昭和時代前期の外交官・政治家
第44代内閣総理大臣

大阪府出身。帝国大学法科卒業後、外務省に入省。43歳で外務次官となり、1921年のワシントン会議に出席。加藤高明内閣以降、4度外相を歴任して英米協調の「幣原外交」を展開するが、ロンドン海軍軍縮条約問題で右翼や軍部から非難された。終戦後、外交通として首相に就任し、GHQの影響下で民主化改革と憲法改正を進める。総選挙後も政権居座りを図ったため、反発を受けて総辞職。晩年は進歩党総裁などを務め、衆議院議長在任中に病没した。

…この大きな戦禍(日本の敗戦)の発端たる満州事変はどうして起こったか。その原因はどこにあるか。今から遡って考えると、軍人に対する整理首切り、俸給の減額、それらに伴う不平不満が、直接の原因であったと私は思う。

…明治以来打ち建てられた軍の名誉ー威勢を、もう一度取り返そうと苦慮したであろうことは首肯けるが、血気の青年将校たちの間では、憤慨が過激となり、「桜会」という秘密結社を組織したり、政党も叩き潰して新秩序を立てよう、議会にも爆弾を投じて焼き打ちしようなどというとんでもない計画を立てるようになった。…これがすなわち柳条溝事件のはじまりで、満州事変の発芽である。

「外交五十年」

関連人物

  • 岩崎久弥(三菱財閥総帥):義兄。
  • 加藤友三郎(原内閣海相):ワシントン軍縮会議に首席全権として共に出席。
  • 加藤高明(第24代首相):義兄。幣原が外相として入閣。
  • 若槻礼次郎(第25・28代首相):幣原が外相として留任。
  • 浜口雄幸(第27代首相):幣原が外相として再入閣、のち首相代理も務めた。
  • 吉田茂(外相):幣原の推挙を受け、後任の首相となった。
  • 渋沢敬三(蔵相):姻戚。終戦直後のインフレ対策を担当。
  • 芦田均(厚相):幣原の政権居座りに対して単独辞任し、総辞職に至らしめた。
  • 松本烝治(国相):憲法改正案を作成するが、GHQに「保守的」と拒否された。
  • マッカーサー(GHQ司令官):象徴天皇制と戦争放棄を定めた憲法草案を提示。
  • 昭和天皇(第124代天皇):幣原にマッカーサー草案の承認を求められ裁可。