米内光政の似顔絵

米内光政のイラスト

米内光政

よないみつまさ(1880-1948)
明治時代~昭和前期の海軍軍人・政治家
第37代内閣総理大臣

岩手県出身。海軍兵学校、海軍大学校を卒業後、各国駐在を経て連合艦隊司令長官などを歴任。日中戦争勃発時、第1次近衛内閣の海相として断固継戦を主張、戦争拡大に加担する。一方、親英米派として日独伊三国同盟には反対し、陸軍強硬派と対峙。1940年、昭和天皇の信任で組閣するが、陸軍や宮中革新派と協調出来ずに半年で総辞職。太平洋戦争中は早期和平を模索して終戦工作に携わり、敗戦後の内閣でも海相に留まって海軍の解体を見届けた。

俗語を使いまして恐れ入りますが、ジリ貧を避けんとしてドカ貧にならないよう、充分ご注意を願いたいと思います。

「木戸幸一日記」
1941年11月29日 対米開戦についての上奏

関連人物

  • 昭和天皇(第124代天皇):三国同盟論を抑える意味で米内に組閣を下命。
  • 近衛文麿(第34代首相):日中戦争勃発に際し、米内が海相として断固継戦を主張。
  • 斎藤隆夫(立憲民政党議員):日中戦争に対する「反軍演説」を行った。
  • 畑俊六(陸相):陸軍参謀本部の要請で単独辞任し、内閣総辞職を招いた。
  • 小磯国昭(第41代首相):米内が副総理格の海相として現役に復帰。
  • 鈴木貫太郎(第42代首相):米内が海相として早期終戦に協力。
  • 東久邇宮稔彦王(第43代首相):米内が海相として戦後処理を遂行。
  • 幣原喜重郎(第44代首相):海軍省解体により、米内が最後の海相を務めた。
  • 山本五十六(海軍軍人):盟友。米内海相の次官として対米開戦回避に尽力。
  • 井上成美(海軍軍人):盟友。米内・山本と共に海軍良識派として三国同盟に反対。