毛利隆元の似顔絵

毛利隆元のイラスト

毛利隆元

もうりたかもと
(1523-1563)
戦国時代の武将・守護大名
室町幕府周防・長門・安芸・備後・備中守護

毛利元就の嫡男。少年期を主家の周防大内氏の人質として過ごし、24歳で家督を継ぐ。父元就の後見のもと宿老の井上一族を粛清し、家中の統治機構を再編。1551年、旧主大内義隆が重臣陶晴賢に滅ぼされると、反晴賢の急先鋒に立ち厳島の戦いに勝利。さらに周防・長門へ侵攻して(防長経略)中国地方5ヶ国の守護職に任じられた。弟元春・隆景との「両川」体制で一族の結束と領国経営に努めるが、出雲遠征中の父を応援する途上で急死した。

一、当家をよかれと思う者は、他国は言うに及ばず、当国にも一人と居るまい。
一、当家中にも、人により、時々によって、よく思わぬ者もあるだろう。
一、三家が今のように無二の関係であれば、この毛利家中は隆元の、小早川家中は隆景の、吉川家中は元春の心のままに治められるだろう。もし少しでも三人の仲が悪くなれば、先々の家中から侮られ、事は一向に成り難くなろう。しかるに、ただただこの事こそ、当家を初め、三家の秘事と心得よ。つゆほども兄弟の仲が悪くなれば、滅亡のもとと思え。

毛利家文書406号
「毛利元就自筆書状」より

関連人物

  • 毛利元就(安芸の大名):父。隆元への家督譲渡後も実権を維持。
  • 吉川元春(毛利家重臣):長弟。石見を中心に山陰方面の攻略に活躍。
  • 小早川隆景(毛利家重臣):次弟。瀬戸内・山陽方面の統治に活躍。
  • 大内義隆(周防の大名):旧主。偏諱「隆」を与えた。
  • 内藤興盛(大内家重臣):岳父。
  • 陶晴賢(大内家重臣):主義隆を討って大内家の実権を握るが厳島合戦で敗死。
  • 大内義長(周防の大名):晴賢の死後、毛利軍に周防・長門を侵攻され自害。
  • 大友宗麟(豊後の大名):大内旧領を巡って毛利勢と争うが幕府の仲介で和睦。
  • 足利義輝(第13代将軍):隆元に中国地方5ヶ国の守護職を与えた。
  • 井上元兼(毛利家重臣):宿老。一族の専横が過ぎたために粛清された。
  • 毛利輝元(毛利家継嗣):嫡男。隆元の早世により祖父元就が後見。

参考資料

  • 毛利隆元像(常栄寺蔵)
  • 毛利隆元自画像(毛利博物館蔵)